気がつけば、3.11。当時の記憶。

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恥ずかしながら、iOSアプリの通知で思い出しました。
2011年のことなので、早8年でしょうか。

発生時、自分は勤め先の事務所のボスとスタッフと三人で東京ビックサイトの国際展示場で行われていた建築展に出向いていました。
広い会場内でとても大きな揺れを感じました。
免震設備があるせいか、ゆっくりとしたそして大きい横揺れでした。

あまり良く覚えて無いところもありますが、放送で大きな地震のアナウンスがあったかと思います。
天井からボルトが落下したなどの声も、耳に挟みました。
しかしながら、大きな被害も無く、一旦落ち着いた雰囲気を感じました。

でも、また暫くしてすぐに、大きな余震が有りました。
その時は、すぐに上部の危険が無いか、上を向いて警戒していた事を良く覚えています。
ボルトの落下が頭に有ったのだと思います。

そして、祭事が中止といった趣旨のアナウンスが流れたかと記憶しています。
会場内の来客は、足場早に出入り口へと移動を始めていました。
パニック等が起こるほどではありませんでしたが。。。

会場を出ると駅に向かうまでに、電車が全て止まっているという情報が入りました。
携帯のSNSだったか、周囲の声だったかは覚えていません。
唯一、路線バスは動いているようでした。。が、既に満員長蛇の列。
結局、歩いて帰ることになりました。

途中、豊洲のララポート近くのコーヒーショップで一時休憩をしましたが、沿岸近くでは「高い場所へ避難して下さい」と津波を警戒する放送が絶えずされていました。
さすがに恐怖を感じましたね。散々報道で津波の恐さを知っているので。

途中での情報収集は、「ゆれくる」と「Twitter」だったかな。
たまたま買って持ってた単三電池用のモバイルバッテリーでiPhoneを充電しつつ、最後まで電池は生きてました。

途中、皇居の廻りを通過しながら、新宿にある事務所まで帰ってきたのは、大体18時半〜19時頃だったかと思います。
当然、道路は大渋滞。事務所に戻っても、相変わらず電車はオールストップ。
ビックサイトで、バスに乗らなくて良かったと思いながら。

歩いてる途中、暗くなってくると、ビルのロビー等の帰宅困難者へ開放されていた所に座り込んでいる人が、まあ沢山居ましたよ。
途中に寄った駅でも、通路に一杯座り込み。みんな大変そうでした。
まだ、歩いて帰れる拠点があった、自分たちは良い方です。

結局、夜遅くなって地下鉄が運転再開。
一緒に歩いたボスと事務所に居たボスが、先に二人ともなんとか帰宅。

残りスタッフは自分を含めて3人。
一人は、近くに親類がいたようで合流の為、先に帰宅。

自分を含め、二人は早朝動き出した電車はで帰りました。

自分の視点でのあの日はこんな感じです。
大分、記憶が薄れて来ているきがします。
今の内にメモを。

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